名古屋地方裁判所 平成6年(ワ)4156号 判決
原告 A
原告 B
右二名訴訟代理人弁護士 小関敏光
同 朴憲洙
同 太田寛
小関敏光訴訟復代理人弁護士 中根紀裕
被告 医療法人社団喜峰会
右代表者理事長 岡山義雄
右訴訟代理人弁護士 後藤昭樹
同 中村勝己
同 太田博之
同 立岡亘
右四名訴訟復代理人弁護士 服部千鶴
被告訴訟代理人弁護士 大岡琢美
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告らに対し、各六三二一万一〇五七円及びこれに対する平成六年一一月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二事案の概要
一 本件は、原告らが、被告に対し、原告らの子であるCが、被告の開設する病院において、被告の被用者で履行補助者である医師及び看護婦の過失により死亡したとして、民法七一五条ないし診療契約上の債務不履行を理由に、損害賠償を求めた事案である。
二 前提となる事実
当事者間に争いがない事実、甲第三ないし五号証、乙第一ないし三、一七号証、証人野々山孝志の証言、及び後記各証拠、並びに弁論の全趣旨によると、次の事実を認めることができる。
1 当事者
(一) 原告A(以下「原告A」という。)は、C(昭和四六年二月生、以下「C」という。)の父であり、原告B(以下「原告B」という。)は、Cの母である。
Cは、一歳時に腸閉塞(イレウス)の手術を受け、また、平成元年六月三〇日に突然の腹痛が出現して、小牧市民病院で癒着性イレウスと診断され、保存的に経過をみたが軽快しないため、同年七月一三日に開腹手術を受け、鋭的にメスやハサミを使用して癒着を剥離する観血的イレウス整復術を受けた(甲第三号証、乙第一号証)。
(二) 被告は、愛知県春日井市廻間町字大洞六八一番地四七において、医療法人社団喜峰会東海記念病院(以下「被告病院」という。)を開設経営している。
2 診療契約の締結
(一) C(当時二二歳、大学四年生)は、平成五年七月七日早朝、激しい腹痛を訴えて被告病院を受診し、初診を担当した被告病院の鳥居敬医師(以下「鳥居医師」という。)に対し、同月五日ころより腹痛があり、同月七日に胃液様のものを嘔吐し、嘔気を伴って腹痛が増強したと訴えて、被告病院での治療が開始された。
(二) その結果、被告は、同年七月七日、Cとの間で、Cの疾病につき、被告病院において、専門医として要求される高度の知識、技術を駆使して的確な診断を行い、必要な処置を遅滞なく実施し、もってCの疾病の回復を図るため、最善の診療を給付することを内容とする診療契約を締結した(以下「本件診療契約」という。)。
3 診療経過の概要
(一) 平成五年七月七日、鳥居医師に続いて、Cを診察した被告病院の野々山孝志医師(昭和二八年生、昭和五五年五月に医師免許取得、以下「野々山医師」という。)は、Cの腹部レントゲン撮影を実施したところ、ニボー(鏡面像)及びケルクニング(ガスのある小腸像)が認められたので、イレウス(腸閉塞)と診断して、直ちに被告病院に緊急入院させた。
(二) 野々山医師は、同年七月七日の緊急入院後、Cに対する診療方針として、絶食させ、輸液と共に抗生剤であるフルマリンを投与し、経鼻胃管による吸引、イレウスチューブによる減圧を図り、経過観察することとした。
しかし、同月八日になっても、イレウスの症状が改善せず、腹部CT検査では、小腸の拡張が著明で、ダグラス窩(腹膜腔の最深部)に腹水が貯溜していて、腹痛が強くなり、熱が三八・六度あったので、同日午後六時ころ、癒着剥離の緊急手術を行うことを決定した。
(三) そのため、Cは、同年七月八日(木曜日)午後七時一〇分に手術室へ入室し、同日午後七時三四分から午後九時一〇分まで、執刀医を被告病院の鳥居医師、介助を野々山医師及び須藤医師として緊急手術を受けた(以下「本件手術」という。)。なお、Cが手術室を退出したのは、同日午後九時四七分であった(乙第一号証)。
鳥居医師は、本件手術後、原告らに対し、Cの手術について、臍の上下約二〇センチを切って小腸に取り巻いていた紐状のものを取ったが、腸は腐っていなかったので切らなくて済んだ旨説明した。
(四) Cは、本件手術後、集中治療室(ICU)に収容されたが、その後、一般病室(四人部屋)に移り、腹痛も治まり、IVH(中心静脈栄養法)カテーテルを留置され、高カロリー輸液を開始された。
Cは、本件手術後しばらくの間、容体は順調であったが、同年七月一五日夜、三八度から四〇度の熱が生じ、容体が急変した。
(五) 被告病院の野々山医師は、同年七月一九日、Cを敗血症であると診断して、集中治療室(ICU)に移した。
(六) Cは、同年七月二一日、装着されていた人工呼吸器が抜管したため、一時的に窒息状態、心停止状態となり、被告病院の医師により、救急蘇生術が施されて、蘇生した。
(七) Cは、同年七月二九日に左肺、同月三〇日に右肺の気胸(臓側及び壁側胸膜によりできる胸膜腔に、気体が貯留した状態)を起こした。そのため、被告病院の医師が、同月二九日にCの気管を切開し、右肩下、右脇下、左脇下に胸腔内トロッカー(管状の穿刺器具)を挿入して孔を開けたところ、小さな肺胞が、Cの体から膿のようになって出てきた。
(八) Cは、その後も、被告病院で入院治療を受け続けたが、同年九月一九日午後七時ころ、さかんに首を振り始め、腹部が膨張してきたため、鼻から空気を抜いた。
Cは、その後も気胸のために苦しみ続け、同年一〇月二日午後に意識が無くなり、同月三日午後〇時五〇分、濃胸(胸腔内に膿性惨出液の貯留した状態)の病名で死亡した。
第三争点
一 被告病院の医師及び看護婦らには、Cが敗血症に罹患したことにつき、医療上の過失、或いは本件診療契約上の債務不履行として、細菌感染の予防義務違反があり、その結果、Cが死亡したのか。
(原告らの主張)
1 診療経過
(一) Cは、平成五年七月八日の本件手術後、同月九日に、一般病室(四人部屋)へ移り、同月一〇日よりIVH(中心静脈栄養法)カテーテルが留置され、高カロリー輸液を開始され、しばらくの間、容体は順調であったが、同月一五日夜、三八度から四〇度の熱が生じ、急変した。
原告らが、被告病院の水谷隆医師(以下「水谷医師」という。)に対し、Cの症状について説明を求めたところ、水谷医師は、手術後なので五日程度は発熱が続く旨説明した。
しかし、その後もCの容体は改善することなく、悪寒戦慄、下痢を伴う四〇度以上の発熱が継続した。
(二) 被告病院の野々山医師は、同年七月一九日、Cを敗血症であると診断して集中治療室(ICU)に移し、その後、人工呼吸器等による集中管理治療を開始したが、同月二〇日午後〇時三〇分ころ、原告らに対し、Cの容体は峠を越した旨説明した。
(三) ところが、同年七月二一日午後四時三〇分ころ、Cは、装着されていた人工呼吸器が外れたため、一時的に窒息状態、心停止状態となり、救急蘇生術が施されて、蘇生した。
その後、野々山医師は、原告らに対し、内臓が悪化し後遺症の心配がある旨述べた。そして、Cには、顔の浮腫、乏尿、黄疸等の症状が現れ、容体が悪化した。
(四) 同年七月末、Cが、気胸を起こして、気管切開を受け、胸腔内トロッカーを挿入されたところ、小さな肺胞が、Cの体から膿のようになって出てきた際、野々山医師は、原告らに対し、通常は、肺に孔があいても元に戻るが、Cは敗血症のため肺に弾力性がなくなり固くなったことから気胸が生じた旨説明した。
2 被告病院の医師及び看護婦らの細菌感染の予防義務違反の行為、並びにC死亡との因果関係
(一) Cが敗血症に罹患した原因は、いわゆる院内感染によるものであり、被告病院に内在していた緑膿菌・カンジダ等の細菌がCの体内に侵入したためである。
被告病院の医師及び看護婦らには、手術前後の患者の症状の推移を観察し、異常な事態が生じることを回避すべき義務の一環として、細菌が病院内で患者の体内に入ることを阻止し、患者への感染を予防すべき義務がある。すなわち、被告病院の医師及び看護婦らには、細菌を院内に持ち込むことを防止し、次に病院内の空中落下細菌や、医療従事者等のキャリアの鼻咽喉(鼻腔と中咽頭をつなぐ部位)、手指等をチェックし、各種医療器具の細菌の分布状況を把握することによって、細菌汚染を調査し、消毒剤による手洗い、マスク着用等の基本操作を厳守し、さらに感染症例者の隔離等によって、患者への院内感染を予防すべき義務がある。
(二) しかるに、被告病院の医師及び看護婦らは、右予防義務を怠った。そのため、Cは、術後感染による細菌感染で敗血症を引き起こした結果、死亡するに至った。
(被告の主張)
1 診療経過について
(一) 原告らの主張1(一)のうち、本件手術後しばらくの間は順調であった事実は認めるが、その余は否認する。
Cが集中治療室(ICU)から一般病室に移ったのは平成五年七月一〇日午前一一時であり、同日からIVHカテーテルを留置した。また、術後は、低蛋白、低アルブミン血症、腸管麻痺等があり、通常の経過に比較して経口摂取が遅くなると判断されたので、同月一一日から高カロリー輸液を開始した。
発熱は、同月一五日午前六時に、三八・二度の発熱が認められ、一旦平熱に下がったが、同日午後六時一八分に、再び三八・八度に発熱したもので、継続的に三八度から四〇度の発熱が続いたのではない。
また、水谷医師は原告Bに対し「熱が出ているのでこちらも心配している。発熱の原因を調べているが、咽頭、胸部、腹部創や横隔膜下膿瘍、ダグラス窩膿瘍、肝膿瘍など熱の原因となるものは見つからなかった。明日まで熱が続くようなら一度IVHカテーテルを抜きます」と説明した。
(二) 同1(二)は否認する。
野々山医師は、同年七月一八日午後七時より、Cに対し、ハイ・ケア・ユニット(HCU)の二〇一号室で集中管理を行っていたが、同月一九日未明に血圧下降、呼吸頻数、血液ガスデータの悪化や胸部レントゲンで肺の変化を認めたため、集中治療室(ICU)に収容した。また、野々山医師は、原告らに対し、呼吸不全の悪化とともに、肝障害、腎障害も悪化し、今後の経過によっては厳しい状況になることもある旨説明していて、Cの容体が峠を越したとは告げていない。
(三) 同1(三)は否認する。
人工呼吸器がはずれたのではなく、Cが同年七月二一日午後五時五八分、気管内チューブを自ら抜管したものである。なお、抜管の後、一時的に心停止を来たしたので、被告病院の医師が救急蘇生術を施した。
(四) 同1(四)は否認する。
野々山医師は、原告らに対し、通常は肺に孔があいて気胸を起こしても、元に戻りやすいが、Cは多臓器不全による影響のため、肺に弾性力がなくなったため、気胸が治りにくい状態になった旨説明した。
2 同2はいずれも否認する。
(一) 緑膿菌は人体の上気道や腸内に常在する細菌であるし、真菌は人体消化管や環境に常在するありふれた雑菌であり、病院内に出入りする者の全てが右菌を保有している。緑膿菌も真菌も健康な人に対しては何の病的症状も引き起こさない。
(二) 医療器具からの感染について、一般にIVHカテーテル留置例等、医療器具を介して細菌や真菌に感染する可能性もあるとされていて、Cの場合も、平成五年七月一九日に抜去したIVHカテーテルから真菌が三+検出されている。
しかし、Cの場合、IVHカテーテルを装着したのは同月一〇日からであり、装着時の感染であれば、もっと早期に感染の症状が認められるのではないかと考えられる。また、他臓器の感染巣から血中に侵入した真菌がIVHカテーテルの先端に付着した可能性もある。なお、真菌は静脈血からは採取されにくいとの研究報告もある。
(三) 被告病院では、Cに対し、IVHカテーテルを装着する際には十分に消毒を行い、滅菌密封した使い捨ての器具を装着の場で開封して使用した。さらに、CのIVHの穿刺部位のガーゼは毎日交換し、IVHカテーテル自体も定期的に交換するなど感染に対して十分な配慮を行っているのであり、原告らの主張するような義務違反はない。常在菌の場合、十分な消毒を実施していても医療器具による感染を完全に防ぐことはできない。
Cの敗血症罹患は、Cが腸などの体内に元々有していた緑膿菌や真菌が、抗生物質の投与による菌交代現象や宿主の抵抗力減弱に乗じて病原性を有するに至った可能性の方が高い。緑膿菌、カンジダは人間の腸内に常在している菌であり、院内感染によるとは限らない。
二 被告病院の医師及び看護婦らには、医療上の過失、或いは本件診療契約上の債務不履行として、敗血症及び腸管壊死の早期発見義務違反があり、その結果、治療の開始が遅れて、Cが死亡したのか。
(原告らの主張)
1 敗血症の早期発見の遅れ
(一) 原告らの主張するCの診療経過は、争点一で主張したとおりである。
Cは、平成五年七月八日に癒着性イレウスを剥離する本件手術を受けたのであるから、手術後七日目にあたる同月一五日には、本来ならば発熱する筈もなく、食事も開始される時期であったにも拘らず、同日午前六時に三八・二度の発熱があり、同日午後四時一〇分には三八・八度と、さらに上昇し、白血球数も増加していて、手術後の経過は順調でなかった。しかも、原告らは、同月一五日夜、被告病院の医師らに、Cの容体が急変したと告げている。
したがって、被告病院の担当医師は、同月一五日には、Cに対し本件手術後の何らかの術後感染を疑い、早期に検査、治療を行うべきであった。また、本来ならば手術後一週間も使う必要もないフルマリンという抗生物質を、少なくとも同月一五日には中止すべきであった。
(二) さらに、被告病院の医師は、同月一五日から翌一六日にかけて、創感染、呼吸器感染、尿路感染の三つを鑑別すべく、胸部X線撮影、尿検査等を直ちに行うべきであった。同時に、右医師は、同月一六日時点でカテーテル感染を疑って直ちに感染巣を特定するべく検査を行い、少なくとも右同日、カテーテル感染の原因となるIVH(中心静脈栄養法)カテーテルを抜去するべきであった。
(三) Cは、同年七月一五日に発熱があり、同月一六日には四〇度以上の発熱があり、極めて重症であったにも拘らず、被告病院の医師は、同月一六日には午前中の定期回診しか行わず、検査も行わずに、座薬の投与を繰り返しただけであった。
医師としては、四〇度を超える発熱のときは、敗血症を強く疑うべきであった筈であるから、同月一六日にCの検査を行っていれば、右検査所見から同月一七日に敗血症の診断が可能であった筈である。
しかるに、被告病院の医師は、右注意義務を怠って、Cが同月一六日午後九時に「早くIVHを抜いて欲しい」と訴えているにも拘らず、ようやく同月一七日午前九時二〇分にカテーテル感染を疑い、同月一八日午前一〇時にカテーテルを抜去したに過ぎず、感染巣の特定ができないまま、漫然と解熱剤の使用のみを行い、同月一九日にARDS(成人呼吸窮迫症候群)と診断し、同月二〇日に敗血症と診断した。
その結果、緑膿菌、カンジダ菌等の細菌がCの体内に入って増殖し、Cを敗血症に罹患させて死亡させた。
(四) 仮りに、敗血症の発症を防止し得なかったとしても、被告病院の医師が同年七月一六日にCの検査を実施していれば、右検査所見から同月一七日に敗血症の診断が可能であったから、同月一七日の時点で集中治療室に収容して、血液培養、血液浄化療法、バンコマイシン等の抗生剤の投与等を開始し得た筈であり、Cの救命が可能であった筈である。
したがって、被告病院の医師として、同月一六日に検査を実施して同月一七日に敗血症の診断をし、適切な治療をすべき義務があり、それが可能であったにもかかわらず、これら早期発見・検査・治療を怠った点に過失がある。
2 腸管壊死の見落とし
(一) Cは、平成五年七月八日の本件手術後から同月一七日までの間に、空腸(上部小腸)部分以外に、回腸(空腸に続く小腸の最後部)部分がねじれ或いは折れたため、血液の通過障害が二か所で生じ、機械的イレウスないし亜イレウスを引き起こし、腸管壊死をきたした。
被告病院の担当医師は、遅くとも同月一七日までに、CのCPK(クレアチンホスホキナーゼ)値、発熱の状態、腹部のCT、X線写真等の所見から当然に右二か所のイレウスを疑い、その上で、胃管ではなく、イレウス管による減圧を試み、場合によっては、再開腹手術を行って癒着部分の剥離を行うべきであった。
(二) Cは、空腸ではなく、回腸部分の機械的イレウス(絞扼性イレウス)が原因となって、腸管に血流障害を引き起こし、さらにそれが原因となって腸管部分に虚血性腸炎ないし腸管壊死をきたし、これがひいては敗血症、ARDS(成人呼吸窮迫症候群)、MOF(多臓器不全)を引き起こす原因となって死亡するに至ったものである。
ところが、被告病院の担当医師は、空腸部分の機能的イレウスのみに注意を奪われていたため、胃管を用いて減圧を試みただけで、胃管による減圧が奏功しなかったにもかかわらず、他の原因を探ることなく、回腸部分の機械的イレウスを見落とした。
そして、被告病院の医師は、同年七月一七日の腹部X線検査では小腸ガスの拡張が強くなっているにもかかわらず、腹部の所見は異常なしと誤った判断をして、Cに対し、イレウス管を用いて減圧を試みることなく、再開腹手術をする機を逸した。
(三) また、被告病院の医師は、同月一四日、Cに対し腹部X線検査をするに当たり、蠕動促進剤であるガストログラフィン一〇〇ミリリットルを注入した。しかし、ガストログラフィンは、特にイレウスを生じさせ、或いは助長することがあるため、使用には慎重さが要求され、また、使用後には、それが原因でイレウスが起きないかを注意して経過観察を行うことが必要である。
したがって、被告病院の医師は、Cの同月一五日以降の発熱の原因として、同月一四日におけるガストログラフィンの注入が急激な強い腸閉塞を生じさせ、機械的イレウスを引き起こしたのではないかという視点から検討すべきであった。
(被告の主張)
1 原告らの敗血症の早期発見義務違反及び因果関係の主張は、否認する。
(一) 被告の主張するCの診療経過は、争点一で主張したとおりである。
本件手術後のCには、平成五年七月一五日午前六時の時点で、三八・二度の発熱が認められたのが最初である。右時点における三八・二度の発熱は、解熱剤を投薬しなくても同日午後二時には三六・〇度まで下がっていて、一時的な発熱とも考えられる。
発熱の原因としては様々な原因が考えられ、同月一四日に実施したガストログラフィン追跡造影検査の影響も考えられる。また、同月一四日から一五日にかけて、反応性の下痢も認められていて、それで発熱することもあるし、さらに、風邪や縫合部の化膿、腹腔内膿瘍等も考えられる。
敗血症や菌血症は、特にその初期において他の発熱をみる諸疾患と鑑別する必要があり、原因の微生物が検出されない段階においては、原因不明熱として多種の疾患を考慮に入れて鑑別していかなければならないとされている(新内科学、乙第六号証五二七頁)。
被告病院で、同月一五日に血液生化学検査を実施したが、異常な数値は認められていない。また、扁桃腺や咽頭、さらに皮下膿瘍の有無について診察し、腹部レントゲン、腹部CT(コンピュータ断層撮影)などを実施して腹腔内膿瘍などについても検査を実施するなど、発熱の原因について鑑別診断を行っていて、原因究明に向けての診療に欠けるところはない。
(二) 右のとおり、Cに発熱が認められたのは、平成五年七月一五日午前六時であり、同月一九日ころから敗血症を疑う臨床所見が認められるようになった。
被告病院では、Cの入院時から、イレウスの他に、腸の細菌感染の可能性があると考え、Cに対し、抗生物質フルマリンを投与していた。敗血症の起因菌が特定されるまでは、できるだけ抗菌スペクトルの広い抗生物質を投与することとされているので、フルマリンの投与は、敗血症そのものを念頭に置いた処置ではないが、妥当な処置であった。
同月一九日以降、フルマリンの投与をしていたにもかかわらずCが敗血症になったと考え、フルマリンに代えて合成ペニシリン剤ペントシリンを投与した。さらに、MRSA感染の可能性も考えてバンコマイシンの投与も開始した。
その後、同月二一日からは細菌の感受性検査(血液ではなく糞便であるが)に基づき、ペントシリンをチエナムに変更して投与した。また、検査で感受性が認められても実際に効果が認められない場合は、トブラミン、ミノマイシン、チルマポア等の抗生剤に変更するなど、色々な工夫をした上で治療に当たった。
したがって、被告病院の担当医師に、敗血症の早期発見義務違反はない。
(三) 創感染、呼吸器感染、尿路感染について、被告病院の医師は、手術後の創部の状態を、医師回診の都度確認していて、結果から回顧しても、創部からの感染は考えられない。呼吸器及び尿路からの感染は、腹部からの感染が否定された後に検討するのが通常であり、被告病院の医師に落ち度はない。また、同年七月一六日にIVHカテーテルを抜去するべきであったと認めることもできない。
(四) 原告らは集中治療室(ICU)に収容するのが遅かったと主張するが、被告病院の医師が、Cを集中治療室に収容したのは、呼吸管理を行う必要からであって、敗血症と診断したからではない。Cは、同年七月一八日の時点で、一般病室(二一五号室)からハイケアユニット(HCU、二〇一号室)に移っていて、バイタルサインの検査を含めて集中的な治療を行われている。敗血症の治療自体は一般病室でも可能であるが、同月一九日に呼吸機能不全の所見が認められ、人工呼吸器による呼吸管理が必要になったため、集中治療室に収容することにしたものである。
2 原告らの腸管壊死の見落としの主張は、否認する。
(一) 平成五年七月一五日時点にCの回腸部分に小腸の拡張が認められるが、それが腸管麻痺か機械性イレウスかは明らかでない。しかし、当時の被告病院の医師によるCの腹部所見を総合すると、直ちに緊急の処置が必要な重篤な回腸部分の機械性イレウスがあったと認めることはできない。
原告は、同月一七日の時点で、回腸部分の機械性イレウスに対し、イレウス管を用いて減圧吸引を図るべきであった旨主張する。
しかし、被告病院の医師は、本件手術時に、Cの腸管閉塞部位の口側に浮腫が認められたことから、術後相当期間は通常、小腸のガス像や拡張像が認められると考え、術後のCは、多少回復速度は遅いが、概ね順調な回復経過をたどっていると考えていた。同月一四日のガストログラフィン追跡造影でも、通過時間はやや遅いが、腸管の閉塞は解消されていると考えられた。そして、同月一七日の腹部レントゲンの所見で、胃の拡張とともに、上部小腸の拡張が強くなっていて、被告病院の医師は、上部消化管の欝滞に対し処置が必要と判断したため、第一の選択(ファーストチョイス)として、絶食の上、挿入が容易で患者の苦痛が少ない胃管を挿入し、減圧吸引をはかった。同月一八日の腹部レントゲンでは、胃や上部消化管のガスが吸引されていると判読でき、胃管による上部消化管の減圧吸引は相応の効果が認められている。
(二) イレウス管の挿入は、下部消化管のガスの貯溜が顕著になったり、著明な欝滞の所見が認められるようになった時点で検討すれば足り、同月一七日及び一八日の腹部レントゲンの所見では、下部消化管の欝滞は著明といえるものではなく、イレウス管による減圧吸引の緊急性は認められない。
原告は、回腸部分の機械性イレウスに対し、開腹手術を行うべきである旨主張するが、ガストログラフィン追跡造影の結果、閉塞が認められていないのに、開腹手術をする理由はない。
(三) 原告は回腸部分が捻じれたり折れたりして、血液の通過障害が生じ、機械的イレウスを起こした旨主張する。
しかし、術後、腸管に血液の通過障害が生じたとすれば、腸管は壊死を起こし、出血をきたしているはずである。しかし、同年九月一六日の腹部レントゲン(乙第二一号証)には、小腸や大腸のガス像は認められていないし、同年一〇月一日の腹部レントゲン(乙第二二号証)には、下腹部に小腸のガスが多少認められ、腸の蠕動運動が低下していると考えられるが、大腸にガスが認められ、通過障害はなく、直ちに何らかの処置が必要となるような腸管壊死の所見は、同年九月以降の腹部レントゲンから認めることはできない。
(四) 腸管壊死を起こす場合には、腸管の閉塞を伴う場合と、閉塞を伴わない場合が考えられる。腸管の閉塞を伴う腸管壊死(絞扼性イレウス)では、はじめに腹痛があり、排ガスが止まり嘔吐を伴う。その後、血性の腹水がたまり、最終的には腸管に穴があき、その場合は一週間以内に死亡の転帰をたどることが多い。
これに対し、腸管の閉塞を伴わない腸管の壊死、いわゆる腸間膜動脈血栓症のような場合には、やはり強度の腹痛で始まり、血性腹水がたまり、また血便も認められるようになり、最終的に腸管に穴があき、その場合も、一週間以内に死亡の転帰をたどることが多い。
しかるに、Cが実際に死亡の転帰をたどったのは、約二か月半後の平成五年一〇月三日であるし、同年八月には経口より水分を摂取し、排便も認められているのであって、腸管壊死があったとは考えられない。
(五) 腸管壊死により敗血症となったのであれば、まずCPK値が上昇し、その後に発熱が認められるはずであるが、同年七月一五日時点でCPKは正常値を示していて、その点でも腸管壊死があったとは考え難い。
原告らは、同年七月一七日の腹部X線検査では小腸ガスの拡張が強くなっているにも拘わらず、腹部の所見で異常なしと判断していると主張する。
しかし、被告病院の医師は、同月一七日に実施した腹部レントゲン上で小腸の拡張が強くなっていることを、同日の診察で確認していて(乙第一号証一六頁)、胃管を再び挿入して減圧吸引を実施している。「腹部の所見で異常なしと判断した」との原告らの主張が、腹部CT検査のことを指摘しているのであれば、腹腔内膿瘍(横隔膜下膿瘍、肝膿瘍、ダグラス窩膿瘍)の所見は認められていないという意味において、発熱の原因となる異常はないとの趣旨である。
三 被告病院の医師及び看護婦らには、医療上の過失、或いは本件診療契約上の債務不履行として、Cの気管内チューブの抜管につき、安全配慮義務違反があり、その結果、Cが死亡したのか。
(原告らの主張)
1 被告病院の野々山医師は、平成五年七月一九日、Cを敗血症であると診断して、Cを集中治療室(ICU)に移したが、同月二〇日には、原告らに対し、Cの容体は峠を越した旨説明した。
ところが、同年七月二一日午後四時三〇分ころ、Cは、装着されていた人工呼吸器が外れたため、一時的に窒息状態、心停止状態となり、救急蘇生術が施された。
Cは、右気管内チューブの抜管により生じた急性循環不全の影響により、敗血症ショックにより併発していた多臓器不全(ARDS、肝不全、腎不全)がさらに悪化して死亡するに至った。
2 被告病院の医師及び看護婦らは、Cに対する人工呼吸器の気管内チューブの装着の際には、最善の注意を払ってこれを装着し、かつ、右チューブが抜管しないよう監視すべきであるが、これを怠った。したがって、被告病院の医師及び看護婦らは、人工呼吸器の気管チューブの装着、並びにその監視体制に過失があった。
3 Cは、気管チューブを自己抜管していない。仮に自己抜管したとしても、被告病院の医師及び看護婦らは、集中治療中に自己抜管しないように監視するべき義務があった。しかも、気管チューブが抜管した後に被告病院の医師がCに対し行った処置には、少なくとも一時間を要していて、気管チューブの抜管が、Cの容体に悪影響を与え、死期を早めた。
(被告の主張)
1 原告らの安全配慮義務違反、及び因果関係の主張は、いずれも否認する。
Cの経鼻的に挿管した気管チューブは、鼻、喉を経由して気管支に至るまで約二五、六センチメートル挿入されていた。さらに、気管チューブは、二本の絆創膏で一本は気管チューブを何回か巻いて右頬下から左頬上に、他方は、気管チューブを何回か巻いて右頬上から左頬下に、丁度上唇を中心として×印になるように固定されて、激しい咳をしても抜管しないよう厳重に固定されていた。したがって、気管チューブが抜けたのは、Cが、自ら、意識的あるいは無意識的に、手で気管チューブを払いのける等の動作を行なったためである。Cが自己抜管したことが、被告病院の管理上の過失と評価されることは相当でない。
2 被告病院の医師は、Cの気管チューブが抜管された直後に発見し、迅速に対応したため、抜管後再挿管するまで、僅か一、二分程度であった。
気管チューブが抜管した場合、低酸素症となり、脳にダメージが及ぶのが普通であるが、Cには脳のダメージを疑うような所見はなかった。気管チューブを抜管した直後は、Cには呼吸性・代謝性アシドーシスの所見が認められたし、その後に腎機能障害のため持続血液濾過も実施している。
腎障害は、気管チューブの抜管とは別の原因、特に敗血症による影響が強いと考えられ、その後のCの症状から検討しても、気管チューブの抜管がCの症状の悪化、或いは死亡の原因に影響を与えていない。
四 損害
(原告らの主張)
1 Cの損害
(一) 逸失利益 七七二二万二一一四円
平成四年賃金センサスに基づく大学卒業男子の平均賃金を基準とし、就労可能年数四六年に対応する新ホフマン係数は二三・五三四で、生活費として五割を控除すると、Cの逸失利益は、七七二二万二一一四円となる。
計算式 六五六万二六〇〇円×二三・五三四×(一-〇・五)=七七二二万二一一四円
(二) 慰謝料 二二〇〇万円
Cの精神的苦痛に対する慰謝料は、二二〇〇万円が相当である。
2 原告らの損害
(一) 慰謝料 合計二〇〇〇万円
原告らの、一人息子であるCの死亡による精神的苦痛を慰謝するためには、各一〇〇〇万円が相当である。
(二) 葬儀費用 一二〇万円
原告らは、Cの葬儀費用として一二〇万円を支出した。
(三) 弁護士費用 合計六〇〇万円
原告らが本件に関し、損害賠償として請求できる弁護士費用としては、各三〇〇万円が相当である。
3 よって、原告らは、被告に対し不法行為ないし債務不履行の損害賠償請求権に基づき、右1、2の損害合計の各二分の一である六三二一万一〇五七円及びこれに対する訴状送達日の翌日である平成六年一一月二七日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(被告の主張)
原告らの右損害の主張は、いずれも否認する。
第四証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりである。
第五当裁判所の判断
一 被告病院での診療及び治療の経過
第二の二の事実と、甲第一号証、第二号証の一ないし三、第三ないし七号証、乙第一ないし一一号証、第一二、一四、一六、一八号証の各一、二、第一三号証、第一五号証の一ないし四、第一七、一九ないし二六号証、証人野々山孝志、同山本正博の各証言、鑑定の結果、及び後記各証拠、並びに弁論の全趣旨によると、次の事実を認めることができる。
1 Cは、平成五年七月七日早朝、激しい腹痛を訴えて被告病院に緊急入院し、同月八日(木曜日)、野々山医師がレントゲン透視下に約三メートルのイレウス管を挿入して留置し、その際、ガストログラフィン造影剤を入れ、腸の通過状態を調べたが、イレウス管を挿入しても腹痛が持続し、腸閉塞の状態が改善しなかったため、絞扼性イレウスの可能性があると考え、同日午後六時ころ、癒着部分を剥離するため緊急手術(本件手術)に踏み切ることを決定した。
本件手術は、執刀医が鳥居医師で、野々山医師らが助手であったが、Cの臍付近に大網と腹膜の癒着が認められたので結紮切離し、小腸と腹膜の癒着が正中付近で広範囲で認められたので、剥離を進めたところ、深部に拡張した小腸が認められた。皮膚切開を上下に延長し、剥離を進めると、拡張のない部分では相互に複雑な癒着が認められたので、徐々に切離しながら拡張した小腸を創外に引き出し、狭窄部位を解除した。小腸の色は異常なく、小腸の血行障害は認められなかった。絞扼は認められなかったものの、数本の索状物が交錯しており、切除した。狭窄部は、回腸末端より約二メートル、トライツ靭帯(十二指腸提筋)からも約二メートルの部位で認められた(乙第一号証)。
鳥居医師は、本件手術後、原告らに対し、Cの臍の上下約二〇センチを切って小腸に取り巻いていた紐状のものを取ったが、腸は腐っていなかったので切らなくて済んだ旨説明した。
2 Cは、本件手術後、集中治療室(ICU)に収容されたが、病室において、意識は清明であり、呼吸音も良好であった。被告病院の医師は、Cに対し、以後、同月一八日まで朝夕二回、抗生物質であるフルマリンの投与を開始した。
同年七月九日(術後一日目、金曜日)に、胃管からは多量の緑色の腸液が排出され、イレウス管からは、少量の排液が認められた。同日午前一一時にはICUから一般病室に移り、同日午後には二回の排ガスもあり、腹痛も治まり、経過は良好であった。
同月一〇日(術後二日目、土曜日)、Cには腹部膨満が認められ、腹部レントゲンでは、一部の小腸拡張像と、大腸ガスが認められた。被告病院の医師は、Cに対し、同日からIVH(中心静脈栄養法)カテーテルを留置し、術後は、低蛋白、低アルブミン血症、腸管麻痺等があり、通常の経過に比較して経口摂取が遅くなると判断したため、同日から高カロリー輸液を開始した。
同月一一日(術後三日目、日曜日)、Cの腸音は良好で、排ガスもあり、胃管からの排出量がイレウス管からの排出量を上回っていたため、イレウス管を抜去し、Cに対し氷の経口摂取を許可した。
同月一二日(術後四日目、月曜日)には、胃管からの排出量も減り、経過は順調であったので、Cに対し三〇〇ミリリットルの水分摂取を許可した。また、同月一三日には、排ガスがあった。
同年七月一四日(術後六日目、水曜日)、Cは平熱であり、被告病院の医師が、ガストログラフィン追跡造影検査を行ったところ、注入四時間後に、造影剤はほぼ大腸内に通過したので、同日午後四時、約四〇センチメートルの胃管を抜去した(乙第一号証)。
なお、鑑定人山本正博の鑑定結果によると、右同日の消化管追跡造影(乙第一二号証)では、イレウスは完全には解除されていないと認められる。
3 同年七月一五日(術後七日目、木曜日)午前六時に、Cは、三八・二度まで発熱し、同日午後二時には三六度まで自然に下がったが、同日午後四時一〇分ころ三八・八度の発熱が認められ、白血球の増加が認められたので、被告病院の医師は、アナバン(鎮痛消炎剤)を投与した。
同月一六日(術後八日目、金曜日)午前六時三〇分に、Cが三八・六度まで発熱したので、被告病院の医師は、アナバンを投与し、同日午前八時には三七・八度まで下がり、同日午後二時に再び三九・一度まで上がったためアナバンを投与した。同日午前一〇時に、Cは、回診した水谷医師(昭和二五年生、現在、被告病院副院長)に対し、発熱にもかかわらず、「腹が減ってしょうがない、食事をしたい」と訴えるなど、元気な様子であった。そのため、野々山医師は、同日夕食から流動食を与えることにした(乙第一、一七号証、野々山医師の証言)。
一方、被告病院の医師は、Cの発熱の原因を検索するため扁桃腺や咽頭の診察、皮下膿瘍の検査を実施したが、異常は認められなかった。Cの体温は、同日午後四時に三七・九度まで下がったが、同日午後八時に再び四〇・八度まで上昇したのでアナバンを投与し、同日午後一二時には三七・六度まで下がった。
4 同年七月一七日(術後九日目、土曜日)午前六時に、Cの体温は四〇・四度であったので、被告病院の医師は、メチロン(解熱鎮痛剤)を投与し、同日午前八時には三五・七度まで下がった。同日午前九時〇五分に再び四〇・六度まで上昇し、再びアナバンを投与した。同日午前一一時の体温は三六度であったが、その後同日午後二時には三九・六度、同日午後四時には四〇・二度まで上昇した。メチロンを投与し、同日午後七時には三九・三度まで下がったものの、同日午後九時に四〇・八度に上昇し、アナバンを投与したところ、同日午後一〇時には三八・二度、同月一八日午前〇時には三六・五度まで下がった。
被告病院の医師は、同月一七日、腹部レントゲン(乙第一四号証)で、小腸の拡張が著明に認められたので、胃管を再び挿入し減圧吸引を行い、腹部CT(乙第一五号証)を実施して、腹腔内膿瘍等(横隔膜下膿瘍、肝膿瘍、ダグラス窩)の有無を調べたが、いずれの膿瘍も認められなかった。
同月一七日、水谷医師は、Cの母親である原告Bに対し、明日まで熱が続くようなら一度IVHカテーテルを抜くと説明した。
5 同年七月一八日(日曜日)午前三時のCの体温が三八・〇度であったので、被告病院の医師は、アナバンを投与し、同日午前六時には三五・九度まで下がった。同日午前一〇時二〇分に悪寒があるとのことで、アナバンを投与し、同日午前一一時に三八・二度、同日午後二時には三六・七度まで下がった。同日午後六時四五分に、Cの体温が三九・四度まで上昇したので、アナバンを投与し、同日午後八時三〇分には三六・二度まで下がった。
被告病院の医師は、同月一八日、前日の一七日の検査結果を踏まえて、Cの発熱の原因として、肺炎、急性肝炎、脱水、イレウスを考え、MRSA感染の可能性も否定できないと考え、同月一八日午前一〇時の段階で、IVH(中心静脈栄養法)カテーテルからの感染も考慮し、カテーテルを抜去し、細菌培養検査を行った。
6 同年七月一九日(月曜日)、野々山医師は、呼吸不全を起こし生命の危険が生じたCを敗血症であると診断し、右診断に伴い、Cを人工呼吸器による管理が必要であったため、集中治療室に移した。また、抗生物質を、フルマリンから合成ペニシリンのペントシリンに変更するとともに、MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)腸炎の可能性も考えて、バンコマイシン、ガンマーガードの投与を開始した。
7 同年七月二一日(水曜日)、Cは成人呼吸窮迫症候群(ARDS)の状態で、体温が三九度あり、細菌培養検査で、カンジダ(真菌)、シトロバクターが検出された。そのため、被告病院の医師は、抗真菌剤としてジフルカンを、シトロバクターに対しては、チエナムを投与した。Cは、成人呼吸窮迫症候群(ARDS)の状態にあり、動脈血の酸素分圧や酸素飽和濃度が低く、肺の間質部分に滲出液、血漿あるいは血球等が貯溜し、肺のガス交換や肺のコンプライアンス(柔軟性)が低下していたため、気管チューブを経鼻挿管して呼吸管理を行っていた。
同月二一日午後六時ころ、Cの人工呼吸器の気管内挿管チューブが抜管しているのを看護婦が発見し、連絡を受けた医師が直ちに駆け付けて再挿管しようとしたが、Cには泡沫状の滲出液が多く、またCは興奮状態でパニックに陥っていたため、そのままの状態での再挿管は困難であった。そこで、被告病院の医師は、鎮痛剤ソセゴンを投与して鎮静させ、Cを開口させた上、気管チューブを再挿管し、さらに泡沫状の滲出液を多量に吸引した。
再挿管するまでの間、Cにはチアノーゼの所見が認められ、さらに心室細動(心室が上位中枢からの興奮によらず、個々の心室固有筋が無秩序に興奮する状態、機械的な心室収縮は起こらず、血液駆出は停止するので致命的な状態となる)も起こった。そのため、医師は、直ちに心マッサージに加え、強心剤や昇圧剤の投与を行い、カウンターショック(心臓に通電することにより、全体を同時に脱分極させて、異常調律を除去する方法)等の蘇生術を行った結果、Cは蘇生した(乙第一、二六号証、野々山医師の証言)。
Cには、蘇生後も、チアノーゼの症状がみられ、酸素交換率が低下し、動脈血は、酸素分圧よりも炭酸ガス分圧の方が高い逆転状態になり、また、呼吸性・代謝性アシドーシス(血中の酸性が高くなった状態)の所見が認められたため、アシドーシス改善剤のメイロンを投与した。
さらに、Cの興奮緊張を抑えるため、筋弛緩剤ミオブロックを投与して鎮静させるとともに、挿管チューブにより呼吸調節を行い、呼吸状態の改善を行った。その後もアシドーシスの状態が続いたが、メイロンの投与により約一時間後にアシドーシスは補正された。
8 同年七月二二日、Cの呼吸は、PEEP(呼気終末時陽圧。呼気相に気流抵抗を加えて、呼気相を通じて気道内圧を陽圧に保つことで、肺気量は呼吸の基準位に戻らず機能的残気量が増加した状態となる。)と調節呼吸を行うことにより、血中酸素飽和濃度もある程度良好となり、状態も落ちついてきた。尿量は、毎時平均で八〇~一〇〇ミリリットルであり、顔面や背部の浮腫が増強してきたこともあったので、毎時平均一五〇~二〇〇ミリリットル程度の尿量が得られるように利尿剤を増量した。
野々山医師が、同日、原告Aに対して、<1>気管チューブの再挿管後、Cの状態は落ち着いてきた、<2>酸素飽和濃度も良好である、<3>利尿剤を増量して尿量を増やすようにしている、<4>血圧がやや低いので昇圧剤を投与している、<4>敗血症に対しては、検査で検出された細菌に対して感受性のある抗生剤を投与している旨説明した。
同年七月二五日の診療録(乙第一号証)には、鳥居医師により、「電解質の異常ももともとたいしたことはなく、代替性アシドーシス(酸性血症)もなく、腎不全ではないので単に輸液のアミノ酸、FFP等の負担がなくなれば改善すると思われる。あとは、抗生剤等薬剤の影響だが、もともと腎障害はないのでそれほど心配はないかもしれない。」とクレアチニンの上昇に関する記載がなされている。
9 同年七月二九日にCの左肺が、同月三〇日に右肺が、各気胸(胸膜腔内に空気又はガスの溜まった状況)を起こした。そのため、被告病院の医師が、Cの気管を切開し、右肩下、右脇下、左脇下にトロッカーを挿入して孔を開けたところ、小さな肺胞が、Cの体から膿のようになって出てきた。
野々山医師は、原告らに対し、通常は肺に孔があいても元に戻りやすいが、Cは成人呼吸窮迫症候群(ARDS)による影響のため、肺に弾力性がなくなり固くなったと説明した。
同年八月になると、右肺は気胸により膨らみが悪い状況になり、胸腔部に感染巣が認められた。そして同月九日以降は、別表1のとおり、胸水やドレーン或いはその排液から、グラム陰性桿菌の緑膿菌が連続して検出されるようになり、また、尿や胃液から真菌(カンジダ)が検出された。なお、Cは、同年八月に僅かではあるが、経口より水分を摂取し、排便も認められている。
10 同年九月一九日、Cは、さかんに首を振り始め、腹部が膨張してきたため、鼻から空気を抜いた。同年九月末から同年一〇月のCの病状は、気管チューブに痰がつまって狭窄することが繰り返し発生して、呼吸不全の症状が次第に悪化していき、動脈血炭酸ガス分圧も高くなり、呼吸不全の状態悪化に伴って、心臓に過負担がかかり、血圧も下降傾向を示すようになった。
同年一〇月二日、Cは、酸素飽和濃度が低下し、血圧も低下してきたので、被告病院の医師は、血圧上昇剤ノルアドレナリンや副腎髄質ホルモン剤ボスミンを投与するなどして血圧維持に勤めたが、次第に右薬剤に対する反応も乏しくなった。そして、Cは、同年一〇月三日午後〇時五〇分、濃胸の病名で死亡した。
二 争点一(細菌感染の予防義務違反)について
1 原告らは、被告病院の医師及び看護婦らが、Cに対し、細菌感染の予防義務に違反したため、Cが敗血症に罹患して死亡したと主張する。
よって検討するに、乙第一ないし三号証、及び証人野々山孝志の証言によると、Cの細菌検査の結果は、別表1(細菌検査結果一覧)に記載のとおりであり、Cの糞便や胃液から陰性桿菌が、尿から真菌が検出されている事実が認められる。
他方、乙第六ないし八、一七号証、証人野々山孝志、同山本正博の各証言、及び鑑定の結果、並びに弁論の全趣旨によると、次のとおり認めることができる。
(一) 真菌、グラム陰性桿菌は、人体消化管や環境に常在する雑菌であり、健康人に対しては何の病的な症状も引き起こさない。Cから検出されたグラム陰性桿菌は、同じ細菌が同一検体から連日検出されていない。
なお、常在菌の場合、十分な消毒を実施していても医療器具による感染を完全に防ぐことはできない。
(二) イレウスの患者の場合、腸が細菌感染を併発していることが多い。
(三) 同年七月一九日には、IVHカテーテルから、真菌三+が検出されているが、右カテーテルを装着したのは同月一〇日であり、装着時の感染とは考えにくい。
また、被告病院では、Cに対し、IVHカテーテルを装着する際には十分に消毒を行い、滅菌密封した使い捨ての器具を装着の場で開封して使用していた。さらに、CのIVHの穿刺部位のガーゼは毎日交換し、IVHカテーテル自体も定期的に交換し、装着の際には消毒するなど感染に対する配慮を行っていた。
(四) 被告病院の医師は、入院当初から細菌感染を考慮して、抗菌スペクタルの広い抗生剤フルマリンを投与していて、同月一九日には、フルマリンから、合成ペニシリンのペントシリンに変更し、バンコマイシン、ガンマーガードの投与を開始する等の対処をしていた。
(五) 神戸大学医学部の山本正博助教授(以下「山本鑑定人」という。)は、Cの治療記録を検討した上で、平成一〇年四月に、鑑定人として、次のとおりの見解を述べている。
(1) 多臓器不全や敗血症患者のなかに明らかな感染巣を有しないのに死亡していく症例が存在する事実を説明するものとして、腸管由来の細菌が血中に移行するbacterial translocationや、最近では細菌だけでなく真菌や細菌・真菌成分も移行するものとしてmicrobial translocationという概念が提唱されている。
実際、臨床においてこれを疑問視する向きもあって、なお渾沌とした状況にあることは否めないが、異常病態下においてはmicrobial translocationが明らかに発症している事実も、少しずつではあるが、報告されてきていて、イレウスの患者では、腸の壊死を伴わない場合でも五九%の症例にbacterial translocationがみられたとする報告もある。
(2) Cの敗血症の原因として、<1>イレウスが完全には解除されていない状況下での、消化管追跡造影や流動食開始による腸管運動の亢進、腸管内圧の上昇、<2>イレウスと長期間の絶食による腸管粘膜のバリアー機構の破綻、<3>一二日間の長期にわたるフルマリン投与による真菌、二次感染菌(Enterobacter.Seratia.Pseudomonasなど)の増殖と腸内細菌叢の変化などがmicrobial translocationの促進因子として作用し、それが主に、或いは部分的に、Cの病態の成立、進展に関与した可能性を考えることができる。
しかし、平成五年七月当時の臨床医療水準を基準として鑑定した場合、Cのmicrobial translocationと敗血症罹患との因果関係を証明することはできない。
2 以上によると、被告病院は、平成五年七月当時の臨床医療水準に基づいて検討するに、医療機関として、院内感染を防止するために種々の措置を講じていたと認めることができる。他方、前記のとおりCの糞便や胃液から検出された陰性桿菌や、尿から検出された真菌が、本件手術後の院内感染によってCの体内に入り感染したとの事実を認めるに足りる的確な立証はない。
したがって、被告病院の医師及び看護婦らが細菌感染の予防義務に違反した結果、Cが敗血症に罹患して死亡したとの原告らの主張は採用できない。
三 争点二(敗血症についての早期発見義務違反)について
1 原告らは、平成五年七月一五日からのCの発熱、白血球の増加に対し、被告病院の医師は、直ちに本件手術後の術後感染を疑い、適切に対応して、早期にCに対して検査を実施して、敗血症の治療を開始すべきであったと主張する。
よって検討するに、乙第一、二、第六ないし八、一七号証、及び証人野々山孝志の証言、並びに弁論の全趣旨によると、次の事実を認めることができる。
(一) 本件手術後のCは、平成五年七月一五日午前六時に、三八・二度の発熱が最初に認められたが、右発熱は、解熱剤を投薬しなくても同日午後二時には三六・〇度まで下がったので、被告病院の医師は、一時的な発熱とも考えた。しかし、同日午後四時一〇分ころ三八・八度の発熱が認められ、白血球の増加が認められたので、被告病院の医師は、アナバン(鎮痛消炎剤)を投与した。
なお、一般に、敗血症や菌血症は、特に初期において他の発熱をみる諸疾患と鑑別する必要があり、原因の微生物が検出されない段階においては、原因不明熱として多種の疾患を考慮に入れて鑑別していかなければならないとされている(乙第六号証)。
(二) 同月二八日午前六時三〇分に、Cが三八・六度まで発熱したので、被告病院の医師は、アナバンを投与して解熱し、同日午後二時に再び三九・一度まで上がったためアナバンを投与した。Cは、同日午前一〇時に回診した水谷医師に対して、発熱にもかかわらず、「腹が減ってしょうがない」など元気な様子で食欲を訴えたため、野々山医師は、同日夕食から流動食を与えることを許可した。
一方、被告病院の医師は、Cの発熱の原因を検索するため扁桃腺や咽頭の診察、皮下膿瘍の検査を実施したが、異常は認められなかった。Cの体温は、同日午後四時に三七・九度まで下がったが、同日午後八時に再び四〇・八度まで上昇したのでアナバンを投与して解熱した。
(三) 同年七月一七日午前六時、Cの体温は四〇・四度であったので、被告病院の医師は、メチロンを投与して解熱し、同日午前九時〇五分に再び四〇・六度まで上昇したのでアナバンを投与して解熱した。同日午前一一時の体温は三六度であったが、同日午後二時には三九・六度、同日午後四時には四〇・二度まで上昇したので、メチロンを投与し、同日午後七時には三九・三度まで下がったが、同日午後九時に四〇・八度に上昇し、アナバンを投与し、同日午後一〇時に三八・二度、同月一八日午前〇時に三六・五度まで下がった。
被告病院の医師は、同月一七日、腹部レントゲンで、小腸の拡張が著明に認められたので、胃管を再び挿入して減圧吸引を行い、腹部CTを実施して、腹腔内膿瘍等(横隔膜下膿瘍、肝膿瘍、ダグラス窩)の有無を調べたが、いずれの膿瘍も認められなかった。
同月一七日、水谷医師は、Cの母親である原告Bに対し「熱が出ているのでこちらも心配している。発熱の原因を調べているが、咽頭、胸部、腹部創や横隔膜下膿瘍、ダグラス窩膿瘍、肝膿瘍など熱の原因となるものは見つからなかった。明日まで熱が続くようなら一度IVHカテーテルを抜きます」と説明した。
(四) 同年七月一八日午前三時のCの体温が三八・〇度であったので、被告病院の医師は、アナバンを投与して解熱した。同日午前一〇時二〇分に悪寒があるとのことで、アナバンを投与し、一旦解熱したが、同日午後六時四五分に三九・四度まで上昇したので、アナバンを投与して解熱した。
同月一八日、被告病院の医師は、前日の一七日の検査結果を踏まえて、Cの発熱の原因として、肺炎、急性肝炎、脱水、イレウスを考え、MRSA感染の可能性も否定できないと考え、同月一八日午前一〇時の段階で、IVH(中心静脈栄養法)カテーテルからの感染も考慮して、カテーテルを抜去し、細菌培養検査を行った。後日判明した右検査結果では、別表1に記載のとおり、真菌三+であった。
また、Cの同年七月一二日、同月一五日、同月一七日、同月一八日の血液生化学検査結果(CPK、GOT、GPT、LDH、尿素窒素、クレアチニン)の推移は、別表2(被告第六準備書面添付)に記載のとおりであった。
(五) 同年七月一九日、野々山医師は、本来、敗血症の確定診断は、血液培養による細菌や真菌が検出されることが必要であるが、Cに他の発熱原因が認められないこと、同日ころから、四〇度近い発熱が継続し、呼吸不全を起こし、多臓器不全となる兆候が認められたことから、Cが敗血症であると診断した。
野々山医師は、同日、右診断に伴い、Cを人工呼吸器による管理が必要であったため、集中治療室に移し、また、抗生物質を、フルマリンから合成ペニシリンのペントシリンに変更するとともに、MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)腸炎の可能性も考えて、バンコマイシン、ガンマーガードの投与を開始した。
(六) 同年七月二一日、Cは成人呼吸窮迫症候群(ARDS)の状態で、体温が三九度あり、細菌培養検査で、カンジダ(真菌)、シトロバクターが検出された。そのため、被告病院の医師は、抗真菌剤としてジフルカンを、シトロバクターに対しては、チエナムを投与したが、Cは、成人呼吸窮迫症候群の状態にあって、動脈血の酸素分圧や酸素飽和濃度が低く、肺の間質部分に滲出液、血漿あるいは血球等が貯溜し、肺のガス交換や肺のコンプライアンス(柔軟性)が低下していたため、気管チューブを経鼻挿管して呼吸管理を行っていた。
2 他方、甲第一号証、第二号証の一ないし三、証人山本正博の証言、及び鑑定の結果によると、次のとおり認められる。
(一) Cは、同年七月一五日以降の発熱、白血球増多、CPK値の上昇などから、感染症の発症を疑うことができ、同月一九日には、呼吸困難、胸部レントゲン写真や血液ガス分析に明らかな異常が出現していることから、敗血症による肝臓、腎臓、肺などの重要臓器の臓器不全が急速に進行していると認めることができる。
(二) 神戸大学医学部の山本助教授(山本鑑定人)は、次のとおりの見解を述べている。
(1) Cの死因として、診療経過を検討すると、原告らが主張するように、空腸ではなく、回腸部分に機械的イレウス(絞扼性イレウス)が発生し、その結果、敗血症が発症したと認めることはできない。
(2) 多臓器不全や敗血症患者のなかに明らかな感染巣を有しないのに死亡していく症例が存在する事実を説明するものとして、腸管由来の細菌が血中に移行するbacterial translocationや、最近では細菌だけでなく真菌や細菌・真菌成分も移行するものとしてmicrobial translocationという概念が提唱されていて、イレウスの患者では、腸の壊死を伴わない場合でも五九%の症例にbacterial translocationがみられたとする報告もある。
(3) Cの敗血症の原因として、<1>イレウスが完全には解除されていない状況下での、消化管追跡造影や流動食開始による腸管運動の亢進、腸管内圧の上昇、<2>イレウスと長期間の絶食による腸管粘膜のバリアー機構の破綻、<3>一二日間の長期にわたるフルマリン投与による真菌、二次感染菌(Entreobacter.Seratia.Pseudomonasなど)の増殖と腸内細菌叢の変化などがmicrobial translocationの促進因子として作用し、それが主に、或いは部分的に、Cの病態の成立、進展に関与した可能性が考えられる。
しかし、平成五年七月当時の臨床医療水準を基準として鑑定した場合、Cのmicrobial translocationと敗血症罹患との間に因果関係があると証明することはできない。
(三) 帝京大学医学部の沖永功太教授(以下「沖永教授」という。)は、Cの治療記録を検討した上で、次のとおりの見解を述べている。
Cの本件手術後の平成五年七月一六日、同月一七日時点の高熱は異常な状態であり、同月一六日夜には、Cに悪寒、高熱があるので、血液検査、胸部・腹部レントゲンをするべきであり、結果論ではあるが、同月一六日(術後八日目)の時点で、敗血症を疑い何らかの治療を開始すべきであった。敗血症発症初期の段階で、敗血症ショックに準じたような高度の集中治療が開始され、同月一六日に血液浄化療法が用いられていれば、Cに救命の可能性があったかもしれないが、救命できたかは不明である。
Cは、同月一七日、嘔吐し、メチロン(解熱剤)によって解熱したが、悪寒を伴っていたことから、重篤な症状であったと認められ、回腸部分に機能性(麻痺性)による通過障害が認められるが、激痛がないことから絞扼性イレウス(腸管壊死)を疑わせる所見に乏しい。
CPK値は非特異的な所見であるが、同月一五日からのCPK値の上昇を意識するべきであり、同月一七日にイレウス管を使った方がベターであったといえるが、必須ではない。Cの直接の死因は多臓器不全であり、通常の治療方法では、救命は困難である。
沖永教授は、結果論としては、何らかの治療内容の変化をするべきであった可能性があるが、その後の治療内容で変化を生じた可能性は低いと考えている。また、沖永教授は、Cにつき、亜イレウスの存在を否定することはできず、閉塞か麻痺性かの判断は極めて困難であるが、山本鑑定人と異なり、機械性イレウスというより、むしろ麻痺性イレウスが主体であると考えている。
3 右1、2の事実によると、次のとおり認められる。
(一) 一般に、敗血症や菌血症は、特に初期において他の発熱をみる諸疾患と鑑別する必要があり、原因の微生物が検出されない段階においては、原因不明熱として多種の疾患を考慮に入れて鑑別していかなければならない。
(二) 被告病院の医師は、平成五年七月一五日のCの発熱の原因として、同月一四日にガストログラフィン追跡造影検査を実施し、同日から同月一五日にかけて、反応性の下痢が認められたので、右検査の影響も考慮し、また、風邪や縫合部の化膿、腹腔内膿瘍等も考慮した。そして、同月一五日に血液生化学検査を実施したが、異常な数値は認められなかった。さらに、扁桃腺や咽頭、皮下膿瘍の有無について診察し、腹部レントゲン、腹部CTなどを実施して腹腔内膿瘍などについても検査を実施し、発熱の原因についての鑑別診断を行った。
(三) さらに、被告病院の医師は、同月一七日、腹部レントゲンで、小腸の拡張が著明に認められたので、胃管を再び挿入し減圧吸引を行い、腹部CTを実施したが、腹腔内膿瘍等(横隔膜下膿瘍、肝膿瘍、ダグラス窩)が認められなかったため、発熱の原因として、肺炎、急性肝炎、脱水、イレウスを考え、MRSA感染の可能性も否定できないと考えていた。
以上によると、被告病院の医師は、同年七月一五日からのCの発熱及び白血球の増加に対し、直ちに本件手術後の術後感染とは判断していないが、そのことにつき、医師として責められるべき点はなく、他方、発熱等の原因究明に向けて必要な検査を実施しているから、同月一五日からの右発熱及び白血球の増加に対し、適切に対応していなかったと言うことはできない。さらに、被告病院の医師は、同月一八日の段階で、肺炎、急性肝炎、脱水、イレウス、MRSAの可能性を否定できないと判断し、MRSAを視野に入れた判断を行っている。そうすると、平成五年七月当時の臨床医療水準を基準に検討するに、被告病院の医師に、Cの敗血症の早期発見義務に反する、医療上の何らかの過失があったと認めることはできない。
原告らは、本来ならば本件手術後一週間も使う必要もないフルマリンという抗生物質を、少なくとも同年七月一五日には中止すべきであったと主張する。しかし、本件全証拠によっても、同年七月当時の臨床医療水準を基準に検討するに、被告病院の医師に、同月一五日にCに対し、フルマリンの使用を中止すべき義務があったと認めることはできない。
4 原告らは、Cの敗血症につき、被告病院の医師らは、平成五年七月一五日から一六日にかけて、感染巣を特定するため、創感染、呼吸器感染、尿路感染の三つを鑑別すべく、胸部X線撮影、尿検査等を直ちに行うべきであり、さらに、少なくとも同月一六日には、カテーテル感染を疑って、その原因となるIVH(中心静脈栄養法)カテーテルを抜去すべきであったと主張する。
よって検討するに、乙第一、二、第六ないし八、一七、二五号証、及び証人野々山孝志、同山本正博の各証言、及び鑑定の結果の証言、並びに弁論の全趣旨によると、次の事実を認めることができる。
(一) 本件手術後のCの創部の感染、縫合不全等の状態は、被告病院の医師が回診の都度、確認していた。同年七月一五日の医師回診の際にガーゼ交換をして医師が創部の確認を行い、同月一六日の医師回診時に縫合部の全抜鉤をし、ガーゼ交換を行ったが、いずれも異常は認められなかった。
また、Cは、同月一五日及び一六日に、呼吸苦、咳、痰などの呼吸症状や排尿時痛等の排尿障害は認められなかった。
(二) 呼吸器からの感染、尿路からの感染は、腹部からの感染が否定された後に検討するのが通常である。
(三) 同年七月一六日の夕方から夜間にかけて、被告病院の医師が、Cに対し、血液検査、尿検査、胸部X線、腹部X線撮影を至急の扱いで指示している。
(四) 被告病院の医師は、平成五年七月一八日に、同月一七日の検査結果を踏まえて、Cの発熱の原因として、肺炎、急性肝炎、脱水、イレウスを検討し、MRSA感染の可能性も否定できないと考えて、同月一八日午前一〇時の段階で、IVHカテーテルからの感染も考慮して、カテーテルを抜去し、細菌培養検査を行った。右検査結果では、別表1のとおり、真菌三+であった。
(五) 最近、真菌感染症が日常的な重症感染症として増加し、その原因として、長期のカテーテル留置がその一因として関係していて、多臓器不全や敗血症患者の中に明らかな感染巣が認められないが死亡する原因として、腸管由来の細菌や真菌や細菌・真菌成分が血中に移行したと考えられる場合もある。
しかし、右見解は、平成五年七月当時に、臨床医学界で一般的に確立した考えではなかった。
右事実によると、被告病院の医師は、平成五年七月一六日の夜間に、Cに関し血液検査、尿検査、胸部X線、腹部X線撮影を指示しているのであり、前示のとおりの同月一五日から同月一六日にかけてのCの症状からみて、被告病院の医師らに、同月一六日に、創感染、呼吸器感染、尿路感染を鑑別すべく、胸部X線撮影、尿検査を直ちに実施すべき義務があったと的確に認めることはできない。さらに、同年七月当時の臨床医療水準から判断して、被告病院の担当医師に、同月一六日の段階で、Cに敗血症を疑って、IVHカテーテルを抜去するべき義務があったと認めることはできない。
そうすると、原告らの前記主張は採用できない。
5 以上によると、敗血症について、原告らの主張する早期発見義務違反は、いずれも認めることはできない。また、仮に原告らの主張する早期発見義務違反の事実が認められるとしても、右早期発見義務違反とCの死亡との間に、因果関係があると認めるに足りる立証はない。
四 争点二(腸管壊死についての早期発見義務違反)について
1 原告らは、被告病院の担当医師は、遅くとも平成五年七月一七日までに、CのCPK値の推移、発熱の状態、腹部CT、X線写真等の所見から、空腸部分以外に、回腸部分の機械性イレウス又は亜イレウスを当然に疑うべきであったが、CPK値の上昇を見逃し、腸管の壊死に気付かなかったと主張する。
よって検討するに、甲第一号証、乙第一、二号証、証人野々山孝志、同山本正博の各証言、鑑定の結果、及び後記各証拠、並びに弁論の全趣旨によると、同年七月九日以降のCのイレウスの状況について、次のとおり認めることができる。
(一) 山本鑑定人の鑑定の結果によると、平成五年七月一五日(術後七日目)のCの腹部レントゲン写真(乙第一八号証)には、拡張腸管ガス像、鏡面像、クルックリング皺壁像がみられ、典型的なイレウスの所見が認められる。
さらに、同月一七日(術後九日目)のCの腹部レントゲン写真(乙第一四号証)でも、拡張腸管ガス像、鏡面像、クルックリング皺壁像など明らかなイレウスの所見が認められ、同日にはCに嘔吐が見られ、経鼻胃管が再挿入され、以後三日間、大量の胃・腸液が吸引されていることや、同月八日の本件手術の侵襲が軽度のものであったことからすると、Cは、同月一七日の時点で、術後の腸管麻痺の遷延とみるより、機械性イレウスの再燃、増悪があったと判断される。
(二) 平成五年七月中旬の、Cの腹部の各レントゲン写真(乙第一二、一四、一八号証の各一、二)によると、腸管ガス像は上腹部に限局していて、上部小腸の明らかな拡張と、回腸が下腹部分に拡張のない腸管として造影されていることから、右機械性イレウスの閉塞部位は、上部小腸すなわち空腸、又は空腸・回腸移行部付近であると考えられ、それ以外に、回腸部分にイレウスがあると認めることはできない。
そして、造影剤の大腸への移行が見られること(乙第一二号証)、平成五年七月一五日当時、腹痛や腹部膨満は顕明ではなく、排ガスや下痢便を認めていること、腸蠕動音を聴取していること、同月一九日も排便を認めていることからすると、閉塞は不完全で、不完全イレウス(亜イレウス)であったといえる。
(三) 同年七月一五日以降のCPK値の推移、発熱、白血球増多の状態は非特異的な所見であり、また、同月七日のCPK値増加が一一九二であったことと比較してその程度は軽度であることから、直ちに機械性イレウスの再燃、増悪を疑わせるものとは認められない。また、Cが腸管壊死により敗血症になったのであれば、まずCPK値が上昇し、その後に発熱が認められる筈であるが、同月一五日時点でCPKは正常値を示しており、その点でも腸管壊死があったとは考え難い。
さらに、前示のとおり、同月一五日に機械性イレウスがあると認められるが、当時、Cに激烈な腹痛がなかったことからすると、絞扼性イレウス(腸管壊死)であったと認めることはできない。
(四) Cは、同年七月一六日に回診した水谷医師に対し「腹が減ってしょうがない。」と食欲を訴えている。
また、Cは、同年七月二一日に気管チューブが抜管して心停止となり、被告病院の医師らによる心マッサージ、カウンターショック等処置で蘇生したが、同月二五日に一三〇グラムの排便があり、同年八月中には、五〇から一九〇グラムの排便が、五回以上あった。
さらに、Cは、同年八月以降も氷や水分を少量摂取していて、同月四日には、水を勧められ経口で飲水したが、氷片がいいと意思表示している。
そして、Cが実際に死亡の転帰をたどったのは、平成五年七月一五日から約二か月半後の同年一〇月三日である。
(五) 原告は、CのCPK値が異常であり、平成五年七月一七日には腸管壊死が強く疑われると主張するので、さらに検討する。
(1) CPKは、臓器特異的タンパク質による生化学的診断法の一つであり、主として、骨格筋疾患、脳疾患、心疾患の診断に用いられるが、それ以外でも、悪性高熱ではCPK値がかなり上昇するとされているし、腎臓疾患等でも上昇する。腸疾患によりCPK値が上昇する可能性はあるが(BB型)、CPK値が上昇しているから必ず腸疾患があると結び付くものではない(乙第一〇号証)。
(2) Cの場合、CPKよりも早期にGOT、GPT、LDHや尿素窒素、クレアチニン値が異常値を示している。血清GOT活性は主に肝臓、心臓、筋疾患がある場合に上昇する。血清GPT活性は主に肝疾患の場合にしか上昇しないとされている。LDH(乳酸脱水素酵素)は、肝臓、心筋、骨格筋、赤血球、腎臓、肺に含まれており、LDHの上昇はそれらの臓器の疾患を推測させる。尿素窒素やクレアチニン値の上昇は、腎機能障害を推測させる。
(3) Cの同年七月一二日から同月一八日までの血液生化学検査の推移は、別表2に記載のとおりであるが、CPK値が異常を示すのは同月一八日以降である。同月一二日と比較すると、発熱が認められた同月一五日では、CPK値が減少している反面、GOT、GPTがやや上昇し、尿素窒素、クレアチニンもやや上昇しているが、いずれも正常範囲である。
同月一七日の時点では、CPK値も上昇しているが正常範囲内に留まる反面、GOT、GPT、LDHが異常値を示しており、肝機能障害が疑われる。また、尿素窒素も異常値を示し、クレアチニン値も上昇するなど、腎機能障害も疑われる。
同月一八日になって、CPKが異常値を示すようになり、GOT、GPTは依然、異常値を示している。尿素窒素やクレアチニン値も上昇し、その後も持続血液濾過を行う同月二三日ころまで上昇が続く。
(4) 腸管壊死により、GOT、GPT、尿素窒素、クレアチニン値までが上昇するとは考え難い。血液生化学検査の結果から回顧的に見れば、Cは敗血症が徐々に進行し、肝臓や腎臓を含めた多臓器の機能障害が徐々に進行している状況にあったと見ることができるが、CPK値の上昇を直ちに腸管壊死と結び付けることは相当でない。
2 右1の事実によると、被告病院の医師が、平成五年七月一五日(術後七日目)撮影のCの腹部レントゲン写真(乙第一八号証)から、空腸、又は空腸・回腸移行部付近にイレウスがあると疑うことは可能であり、被告病院の医師も、そのことを前提にCに対し治療を行っていたものと認められる。しかし、CPK値上昇と腸管壊死はイコールではなく、原告らが主張するように、Cには回腸部分にも機械性イレウスがあり、同月一七日までに腸管壊死があったと認めることはできない。前示のとおり、Cが、同月一六日、回診した医師に食欲を訴えていた事実によると、Cには当時、腹痛や嘔気や腹部膨満感がなく、重篤な機械性イレウスはなかったと推認できる。
このような当時のCの自他覚所見などからみると、被告病院の医師に、同月一五日、Cに対し、イレウス管による減圧吸引処置を行う緊急性があると判断する臨床医学的な義務があったと認めることはできない。
3 原告らは、被告病院の医師が、同年七月一七日の腹部X線検査では小腸ガスの拡張が強くなっているにもかかわらずに、腹部の所見で異常なしと判断しているのは過失であると主張する。
よって検討するに、乙第一、二号証、及び証人野々山孝志の証言によると、被告病院の医師は、同月一七日に実施した腹部レントゲン写真(乙第一四号証)により、小腸の拡張が強くなっていると診察して、胃管を再び挿入して減圧吸引を実施している事実が認められるのであり、被告病院の医師が、腹部の所見で異常なしと判断したのは、腹部CT検査(乙第一五号証)の結果、腹腔内膿瘍(横隔膜下膿瘍、肝膿瘍、ダグラス窩膿瘍)の所見が認められず、Cに発熱の原因となる異常はないとの趣旨であったと認められる。
したがって、同年七月一七日の被告病院の医師の判断に、本件診療契約上の過失があったとする原告らの主張は理由がない。
4 原告らは、平成五年七月一七日までの間に、回腸部分の機械性イレウスに対し、被告病院の医師は、胃管でなくイレウス管減圧を試みるべきであったのに行わなかったと主張する。
よって検討するに、前示のとおり、Cのイレウスの閉塞部分は上部小腸の空腸ないし空腸・回腸移行部付近であり、小腸の最後部である回腸部分に閉塞部分があったと認めることはできないから、原告らの右主張は前提を欠く。
また、仮に回腸部分にイレウスがあった可能性が認められるとしても、乙第一二、一六、一八、二六号証、証人野々山孝志、同山本正博の各証言、及び鑑定の結果によると、胃管と異なり、レントゲン透視下で行う必要がある約三メートルのイレウス管の挿入は、患者にとって胃管より肉体的負担となるため、約四〇センチメートルの胃管による減圧吸引が奏功しないときに検討するべきである。Cについては、同年七月一七日に、先ず、絶食とした上、挿入が容易で、患者の苦痛が少ない胃管が用いられ、同月一九日の腹部レントゲン写真(乙第一六号証)では、胃や上部消化管のガスはかなり吸引され、腸管の拡張も軽減していることから、胃管による減圧吸引でも、それ相応の効果が認められたと判断できた。さらに、同月一四日には、ガストログラフィンの大腸内への通過や、反応性の下痢も確認されていた。以上のとおり認められる。
したがって、平成五年七月当時の臨床医療水準に基づいて検討するに、被告病院の医師がイレウス管の挿入を行わなかったことが、臨床医学的に誤りであったと認めることはできない。
5 さらに、原告らは、被告病院の医師は、同年七月一七日の腹部X線検査では小腸ガスの拡張が強くなっているにもかかわらず、Cに対し、再開腹手術をする機を逸したと主張する。
よって検討するに、証人野々山孝志、同山本正博の各証言、及び鑑定の結果によると、Cは、既に三回の開腹手術を受けているので、再癒着の危険性が高く、保存的な治療が第一選択であって、再開腹しても、再度の癒着が生じるのみと予想された。そのため、被告病院の医師は、同月一七日に胃管を再挿入して、保存的治療を行った。そして、前示のとおり、胃管による減圧は、それ相応の効果が認められた。以上のとおり認められる。
したがって、右のような状況下においては、被告病院の医師に、Cの再開腹手術を行うことを検討するべき本件診療契約上の義務があったと認めることはできない。
6 原告らが主張するように、流動食が開始される前の同年七月一六日に腹部レントゲン検査及び血液生化学検査を実施していれば、腸管の減圧処置が一日早く行われ、流動食が開始されなかったであろうと認められる。
しかし、前示のとおりCは、同月一六日午前一〇時の回診時に、発熱にもかかわらず、水谷医師に対し食欲を訴えるなど、元気な様子であったため、野々山医師は、同日夕食から流動食を与えることにした事実が認められる。その他、当時のCの状況を考慮すると、被告病院の医師が、空腹感を訴えていたCに対し、右各検査を実施してから流動食を開始するべきであったとまで認めることはできない。
7 ところで、甲第一号証、第二号証の一ないし三、証人山本正博の証言、及び鑑定の結果によると、被告病院の医師が行なった処置で、イレウスに対し不適切と評価されるものとして、平成五年七月一五日より発熱、白血球増多が出現していたから、同月一四日に行なったガストログラフィンによる消化管追跡造影や胃管抜去との関連も含め、その原因が究明されなければならなかったと認められる。また、同月一六日に、相変らず発熱があるにもかかわらず、夕方より流動食が開始されたことは、Cの病態悪化との関連を否定することはできないとも認められる。
しかし、証人山本正博の証言、及び鑑定の結果によると、流動食が開始されたことや腸管の減圧が不適切であったことが、腸管運動の亢進、腸管内圧の上昇を来たし、その結果、重症感染症が惹起された、又は増悪したとする考え方は、現在の医学では、まだ十分に確立された概念でなく、Cに経口摂取がなされなかったとして、また腸管の減圧処置が適時に行なわれたとして、特に同年七月一六日の検査の結果、治療内容に変更が生じたとしても、Cの死亡の結果を回避することは困難であったと認められる。
したがって、本件全証拠によっても、たとえ同月一六日に流動食を開始しなかったとしても、Cの死を回避することは困難であったと認められる。
8 原告らは、ガストログラフィンがイレウスを生じさせ、或いは助長することがあるため、使用後に、イレウスが起きないか注意した経過観察が必要であるのに、被告病院の医師らは、それを行わなかったと主張する。
よって検討するに、甲第一号証、証人野々山孝志、同山本正博の各証言、及び鑑定の結果によると、ガストログラフィンによってイレウスが発生、助長されるということは考えられず、むしろイレウスが解除されて、患者に有利になることもあると認められるから、原告らの右主張は採用できない。
9 以上によると、腸管壊死について、原告らの主張する早期発見義務違反をいずれも認めることはできない。また、仮に原告らの主張する早期発見義務違反の事実が認められるとしても、右早期発見義務違反とCの死亡との間に、因果関係があると認めるに足りる立証はない。
五 争点三(安全配慮義務違反)について
1 原告らは、被告病院の担当者には、Cに対する人工呼吸器の気管内チューブの装着の際には、最善の注意を払ってこれを装着し、かつ右チューブが抜管しないよう監視すべき注意義務があるが、これを怠り、人工呼吸器の気管チューブの装着及びその監視体制に過失があったと主張する。
よって検討するに、乙第一、二、一七、二六号証、及び証人野々山孝志、同山本正博の各証言、鑑定の結果、並びに弁論の全趣旨によると、次のとおり認めることができる。
(一) 一般に、経鼻的に挿管した気管チューブは、鼻、喉を経由して気管支に至るまで約二五ないし二六センチメートルが挿入されている。
また、被告病院では、気管チューブは、二本の絆創膏で一本は気管チューブを何回か巻いて右頬下から左頬上に、他方は、気管チューブを何回か巻いて右頬上から左頬下に、丁度上唇を中心として×印になるように固定していて、激しい咳をしても抜管されないよう厳重に固定する取扱いが行われている。
(二) 前示のとおりCの気管チューブが抜管した際に、被告病院の医師も看護婦も立ち会っていないので、抜管の正確な経緯は不明であるが、野々山医師としては、Cが咳き込んだときに、意識的に或いは無意識的に、手で気管チューブを払いのける等の動作を行なったため、気管チューブが抜けたと考えている。
(三) 気管チューブが抜管した直後、Cには呼吸性・代謝性アシドーシスの所見が認められたし、被告病院では、その後、腎機能障害のため持続血液濾過も実施している。しかし、低酸素症で最もダメージを受け易い脳がダメージを受けたとは認められず、腎障害は、抜管とは別の、敗血症による影響が強いと考えられる。
(四) なお、原告らは、同年七月二〇日の時点で、野々山医師から、Cの症状は峠を越した旨説明を受けたと主張している。しかし、右事実を認めるに足りる的確な立証はなく、Cは右時点でも敗血症と呼吸不全の状態にあり、深刻な容体であったと認められる。
2 以上によると、平成五年七月二一日午後六時ころ、Cが咳き込んだときに、手で気管チューブを払いのける等の動作を行なったため、人工呼吸器の気管チューブが抜管したものと推認できる。
したがって、被告病院の医師及び看護婦には、気管チューブの確実な装着の確認を行わなかったという安全配慮上の過失があったと認めることができる。被告は、Cが自ら気管内チューブを抜管したことが、被告病院の管理上の過失と評価されることは相当でないと主張する。しかし、前示のとおり、被告病院の医師は、同年七月一九日、呼吸不全を起こしたCを敗血症であると診断して、集中治療室(ICU)に移し、呼吸管理を行っていたのであるから、被告の主張は採用できず、右認定は左右されない。
そして、気管チューブの抜管により、Cにつき既にあったARDS(成人呼吸窮迫症候群)をはじめ、各重要臓器の機能障害から機能不全に進展していく過程がさらに助長された虞れを否定することはできない。
しかし、前記各証拠によると、一般に、気管チューブが抜管した場合には、低酸素症となり、脳にダメージが及ぶのが普通であるが、蘇生後のCには、それ以前と比べて、脳に何らかのダメージが生じたことを疑うような所見は認めることができない。そうすると、被告病院の医師が、気管チューブを再挿管するのに要した時間は数分間であったと推認でき、気管チューブ抜管後の被告病院の処置に、何らかの過失があったと認めることはできない。
3 進んで、気管チューブの抜管が、Cの症状の悪化、或いは死亡原因になったかにつき検討するに、前記事実によると、次のとおり認められる。
(一) Cは、平成五年七月二一日に気管への挿管チューブが抜管したため、人工呼吸ができなくなって心停止の状態となり、チアノーゼが生じた。そのため、被告病院の医師は、直ちにCに心マッサージを行い、強心剤及び昇圧剤を投与し、カウンターショックを行って蘇生させた。右の医師の処置は、数分間であった。被告病院の医師は、蘇生後のCにチアノーゼ症状があるため、抜管してから約一時間後に、アシドーシス(血中の酸性が高くなった状態)改善剤のメイロンを投与した。
(二) その後も被告病院で集中治療が行われて、Cは従前どおりの意識状態に戻り、重要臓器も回復した。Cは、同年八月に僅かではあるが、経口より水分を摂取しているし、排便も認められている。
そのため、被告病院では、その後、二か月間以上、Cに対し、呼吸管理を行いながら治療を継続した。
右事実によると、抜管後のCの症状から判断して、気管内チューブが抜管したことにより、Cの脳がダメージを受けたと的確に認めることはできない。そうすると、原告ら主張のとおり、Cは、気管内チューブの抜管により生じた急性循環不全の影響により、敗血症ショックにより併発していた多臓器不全(ARDS、肝不全、腎不全)がさらに悪化して、気管チューブの抜管が、Cの死亡の結果を招来し、又は早める原因になったと認めることはできない。
したがって、気管チューブの装着について、被告に、医療上の過失或いは本件診療契約上の債務不履行として、安全配慮義務違反の事実は認められるが、被告の右安全配慮義務違反の事実と、Cの死亡との間に因果関係を認めることはできない。
六 以上によると、原告らが争点一ないし三で主張するように、被告病院の医師及び看護婦らに、医療上の過失、或いは本件診療契約上の債務不履行が存在して、それらとCの死亡との間に因果関係が存すると認めることはできないから、原告らの本訴請求は、争点四について判断するまでもなく、いずれも理由がない。
よって、原告らの本訴請求をいずれも棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法六一条、六五条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 水谷正俊 裁判官 佐藤真弘 裁判官 今泉愛)